幸せリンク集
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【エスカレーター「右空け」「左空け」の謎】 私の友人のemilyさんのmixi日記から面白い情報を一つ。 何だか、これを知って、とってもスッキリ! --------------------ここから引用----------------------- なぞはすべてとけた。 2007年01月10日01:40 先日の日経新聞で、新年早々、一つ謎が解けました。 なぜだろう? なぜかしら?? ずっと疑問形だったわけです。 そのせいで頭は常にモヤモヤ。 けれども意外と、夜はグッスリ。 そんな小悪魔的なミステリー、ズバリ、 【エスカレーター「右空け」「左空け」の謎】。 エスカレーターに乗るとき、 東京では左側に立って「右側を空け」ます。 大阪では右側に立って「左側を空け」ます。 なんとなーく、自然にそうなります。 「どうして?なんでー?」じゃないですか?? そこで、好奇心たっぷりめに記事を読んでみると、 あーなるほど。こういうことらしい。 ※注↓↓【謎解き、長いよー(-_-)。】 ********* 「エスカレーター片側空け」のはじまりは、1906年。 ニューヨークの地下鉄駅に設置されたエスカレーターからだと言われているそうな。 「混雑する駅で、少しでも早く移動したいという意識が芽生え、エスカレー ...
九石ドーム ビッグアイ 日曜日の午後一時 鹿島アントラーズと大分トリニータの試合 3万を超える入場者数 結果は1−0王者アントラーズはやはり強かったですね〜。 日曜日は、大忙し。夜は、徳永英明のコンサートの予定が入っていました。 九石ドームを後に...
今日は母のお見舞いに行った後、初めての料理講座に参加しました。生徒2人と先生1人で筑前煮をメインにレッスンを行いました。先生も、一緒にレッスンを受けた生徒さんもとても良い方で、緊張しながらも楽しく時間を過ごすことが出来ました。味付けは少し私には濃いとも感じましたが、とても美味しかったです。レッスンを終えて、お花を購入して母のお見舞いに戻りました。病室に着くと、看護婦さんが母の心臓が若干微弱になる時があるので明日夕方に循環器系の先生からお話があるということでし...
米国で修士課程を終えた後の私が最初に得た仕事は、大学での講師職でした。 修士課程へ進んだのは、将来は大学でフルタイムの教職を得ようと思っていたからでしたが、修士課程の2年間をすごすうちに、「自分は果たして一つの道を深く深く掘り進む研究職に向いているのだろうか?」という一抹の疑問と不安が生まれ、米国の一般的な大学における自分の専門分野での賃金テーブルを見て(日本の賃金と比べると、当時は非常に安かったように記憶しています)、かなりの不安も感じ、「とりあえず一旦日本に戻って考えてみよう」と戻ってきて、就職をしたわけです。その頃は、「そうは言っても、またすぐに博士課程へ進むかな」ぐらいの考えで。 2年間講師をして分かったことは、「自分が物凄く好きなのは、人が学びを通して成長・変化することの後押しである」ということ。そして、強烈な課題意識を持ったのは、「これから社会へ出て成長しようという人たちに対して、ビジネス経験を持っていない私が提供している情報に、どれだけの価値をもたせられているか?」ということ。 つまり、自分は生粋のアカデミック系人間ではない、ということが私の中で明確になったわけです。アカデミ ...
今日はバラを3本買って帰りました。 数年前に「こんな仕事をしてみたいなあ・・・」とイメージしていたことが 実現しそうな予感がしてきた記念です。 東京から兵庫県に引越して、2度目の兵庫県民としての暮らしを始めたのが2005年3月。その前の年2004年は私にとっての辛い一年であったわけですが(このブログにも書いてましたが)あの時を過ごしての、今がやってきたなあという感じです。 つらい時期にいた時は、これから先の明るい未来なんてちっとも感じられなかったけれど、振り返ってみれば、あの時ほど本の中の言葉を真剣に考え、日々起こる出来事に、敏感に真摯に取り組んでいた時はなかったのかもしれません。 ワクワクなんてちっとも感じられなかったあの頃でしたが、 信じたいこと、信じなくちゃいけないことには、世の中の真理には確かに気づいていました。 それは「自分の心の在り方の大切さ」ということ。 人の魂が、永遠の存在であるということ。「愛」という存在であるということ。 「自分自身を信じる」ということ。「未来を信じる」ということ。 人が、本当の自分を生きられていないというのは、「愛」という存在である自分を忘れているということ。 それま ...
名言から学ぶ幸せのヒント (1370) より 『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』 上杉鷹山 「やらない」より「やる」方が結果はどうであれいろいろ得るものも多そうだけど、では何でもやればいいのかというと、使える時間、体力、お金は限られているわけでそういうわけにもいかない。また、影響が自分にだけ及ぶのであれば適当にやっても良いかもしれないんだけど、年齢が上がったり、責任のある立場になると、なぜそれをやったのか説明する責任がでてくるわけで、簡単に「やります」というわけにはいかなくなってややこしい。
国東の「両子寺(ふたごじ)」 雨にぬれながらの紅葉狩り 数日前、テレビで今が見ごろと紹介されていました。 本当に今が見ごろでした。 県内の方、まだ今からでも大丈夫ですよ〜。 「しぐれもみじ」両子寺の七不思議と横に書かれていました。通りかかる人も、何が不思議なのかしらね?って。帰...
ちょっと仕事でコラボしていただけないかと、 メンターでもある先輩 と打ち合わせを。以前ランチをご馳走になってから、考えてみるともう4ヶ月もたってました。そりゃそうか、あの時が夏で、もうすぐ年末だもの。 あちらのオフィスへお邪魔して、社長室で打ち合わせをしていると、次々とスタッフの人たちが挨拶に来てくださって、お一人お一人と楽しく歓談させてもらいました。 以前も書いたとおり、創業以来、営業担当者をおいたことなく、全て紹介と問い合わせで仕事が拡大し、求人広告を出さなくても優秀なスタッフがあちらから応募してくるという会社なのですよ。 もちろん、社長の人間的魅力というのはあるのだろうけれど、それだけで会社というシステムが円滑にまわるはずがないので、今日はちょっと突っ込んでいろいろと(つまり根掘り葉掘り)秘訣を聞いてみました。 質問: 「人材募集広告しなくても、あちらからどんどん人が応募してくるっておっしゃってましたよね。それ、具体的にどういう流れで応募が来るんですか?」 答え: 「口コミですよ。今働いてくれてる人とか、以前働いていて退職した人とか。『あそこの会社は楽しいよー』とか『やりがいを感じながら働 ...
名言から学ぶ幸せのヒント (1369) より 『小さいことにくよくよするな!しょせん、すべては小さなこと』 リチャード・カールソン 「小さいことにくよくよするな」、あるいは単に問題の大きさにかかわらず「くよくよくするな」(ただし反省は必要)というのには同意できるけど、「しょせん、すべては小さなこと」というのはそれは言い過ぎではなかろうかという気もする。大きいか小さいかどうかというのは、もちろん、どういう視点、ものさしで見るかによって変わることなので、凄く大きな視点から見れば人間の悩みなんてすべて小さなことなんだろうけど、やっぱ自分なりの視点、ものさしで物事を見て、大きいか小さいかを判断できるようにしたほうが良いと思う。何でもかんでも小さいことだと思ってると人生が面白くなくなりそうに思う。うまくいえないけど。
昨夜は借りていたDVDをひとつ観ました。ジュリアロバーツとスーザンサランドンが出演している「グッドナイト・ムーン」です。先日購入した映画紹介の本に載っていたもののひとつです。テーマは「相手の良いところを見つける」私は、周りの人たちと接している時にすぐに嫌な面に反応してしまいます。それを反省する意味でも、この映画を選びました。この映画には、親と子供のかかわり、接し方が良く描かれていました。親が子供に対してどういうふうに話しかけるのか、スキンシップをとるのか、相談...
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